民法(相続法)改正により、2019/7/1以後開始の相続に係る遺留分については、金銭での請求となりました。
遺留分請求に伴う相続財産の共有化を阻止するため、遺留分の清算は金銭によることが明文化され、遺留分請求に係る権利の名称も従来の「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に変更されました。
遺留分制度の趣旨
被相続人は、当然に自分の財産について自由に処分できる権利を有していますが、相続の本来の機能としての遺族の生活保障や財産形成に少なからず遺族の「内助の功」が貢献しているという考えに基づき、相続財産の一定割合を一定の範囲の相続人に留保する制度として遺留分の請求があります。
遺留分制度の法的性質の見直し
<改正前>
旧民法1031条/1041条
第千三十一条 遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するに必要な限度で、遺贈及び前条に掲げる贈与の減殺を請求することができる。
第千四十一条 受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免かれることができる。
2 前項の規定は、前条第一項但書の場合にこれを準用する。
改正前の条文では、遺留分の請求は、相続財産に対して物権的に生じるものと解され、遺留分を侵害している受遺者は相続財産のうち、遺留分相当について遺留分請求者に相続した財産を減殺して返還する必要がありました。これにより、相続財産は共有となり、それを契機に新たな紛争が生じてしまうという問題がありました。
ただし、実務上は1041条に規定する価額弁償(相続財産の返還の代わりに同価値の金銭を支払う)も可能であったため、改正前も金銭での清算の方が多かったように思います。遺留分請求者からしても、例えば相手方が相続して住んでいる不動産を共有にしたところで何のメリットもないですし、財産共有による今後のしがらみからも解放されますので。
<改正後>
民法1046条
(遺留分侵害額の請求)
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額
代物弁済にかかる譲渡所得課税
遺留分制度の法的性質の見直しは、税務に影響を及ぼしました。特に影響の大きい譲渡所得課税についてご説明します。
改正前は、原則である相続財産の返還でも、金銭による支払いでも、遺留分請求にかかる清算行為に対して課税関係は生じませんでした。「相続財産の返還」ですから、相続人間での財産の割り当てが変更になっただけという整理で、税務でも確定した遺留分相当について相続人間での相続税負担の割り当てが変わるだけでした。
改正後は、遺留分請求権の金銭債権化に伴い、金銭以外で清算が行われた場合には代物弁済に該当し、譲渡所得の対象になります。
例えば、土地による代物弁済があった場合、税務上は土地を売却して換金のうえ、金銭で弁済したものと同義であると整理するため、その土地に含み益がある場合には譲渡所得税の負担が生じます。
国税庁 質疑応答事例 遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて土地を移転した場合の課税関係
遺留分請求の民法改正にかかる課税に関しては、以下の通達が発遣され、遺留分請求を受けた側の譲渡所得課税と遺留分請求者が遺留分請求で取得した資産の取得費の取り扱いを明記しています。
所得税基本通達33-1の6
(遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて行う資産の移転)
33-1の6 民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。(令元課資3-3、課個2-20、課法11-5、課審7-3追加)
(注) 当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求をした者が取得した資産の取得費については、38-7の2参照
所得税基本通達38-7の2
(遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて移転を受けた資産の取得費)
38-7の2 民法第1046条第1項の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産の移転があったときは、その履行を受けた者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債権の額に相当する価額により当該資産を取得したこととなる。(令元課資3-3、課個2-20、課法11-5、課審7-3追加)
税務への影響は、他にも、【相続税】更正の請求における遺留分請求者の小規模宅地等特例の適用不可(遺留分請求者が遺留分請求で取得した財産はあくまで金銭債権であるため)などがあります。
今後、遺留分を侵害するような遺言書を書く際は、遺留分を請求される側の譲渡所得税負担も念頭に、相続対策を考える必要があると思います。
すぐには金銭で弁済できない場合の救済措置
遺留分の請求を受けたものの、金銭を直ちに準備できない場合もありますが、遺留分請求の金銭債権化により、遅延損害金が遺留分侵害額請求(具体的な金額提示)時点から発生します。
これに関しては、遺留分を請求された受遺者の利益を図るため、「相当の期限を許与することができる」規定が設けられました。
ただし、弁済できる余力がある場合には、請求をしても裁判所は許可を出さないでしょう。
改正民法1047条5項 抜粋
(受遺者又は受贈者の負担額)
第千四十七条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。