移住目的や海外転勤で日本の非居住者となる場合の株式譲渡益課税

非居住者の株式譲渡益課税

移住目的や1年超の海外転勤で日本を出国する場合、所得税法上は、出国した日の翌日から日本の非居住者となります。

日本の所得税は、日本の居住者に対しては全世界で発生した所得全てに、日本の非居住者に対しては国内源泉所得のみ課税されます。

そのため、非居住者の株式譲渡益は、国内源泉所得に該当する下記(1)~(6)のいずれかの株式に係るものを除き、原則として居住地国で課税対象となり、その譲渡益が外国株のものであろうが日本株のものであろうが日本では申告の対象外です。

国税庁No,1936海外勤務中に株式を売却した場合

(1) 買集めによる株式等の譲渡
 同一銘柄の内国法人の株式等の買集めをし、その所有者である地位を利用して、その株式等をその内国法人若しくはその特殊関係者に対し、又はこれらの者若しくはその依頼する者のあっせんにより譲渡をすることによる所得(注) 「株式等の買集め」とは、金融商品取引所又は認可金融商品取引業協会がその会員に対し特定の銘柄の株式につき価格の変動その他売買状況等に異常な動きをもたらす基因となると認められる相当数の株式の買集めがあり、又はその疑いがあるものとしてその売買内容等につき報告又は資料の提出を求めた場合における買集めその他これに類する買集めをいいます。
(2) 事業譲渡類似の株式等の譲渡
 内国法人の特殊関係株主等である非居住者が行うその内国法人の一定の株式等の譲渡による所得(注) 「一定の株式等の譲渡」とは、次のイ及びロに掲げる要件を満たす場合の非居住者のその譲渡の日の属する年(以下「譲渡年」といいます。)における次のロの株式又は出資の譲渡をいいます。
イ 譲渡年以前3年以内のいずれかの時において、その内国法人の特殊関係株主等がその内国法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の25%以上に相当する数又は金額の株式又は出資を所有していたこと。
ロ 譲渡年において、その非居住者を含むその内国法人の特殊関係株主等が最初にその内国法人の株式又は出資の譲渡をする直前のその内国法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の5%以上に相当する数又は金額の株式又は出資の譲渡をしたこと。
(3) 税制適格ストックオプションの権利行使により取得した特定株式等の譲渡による所得
(4) 不動産関連法人の一定の株式の譲渡による所得(注)1 「不動産関連法人」とは、株式の譲渡の日から起算して365日前の日からその譲渡の直前の時までの間のいずれかの時において、その有する資産の価額の総額のうちに、国内にある土地等やその有する資産の価額の総額のうちに国内にある土地等の価額の合計額の占める割合が50%以上である法人の株式など一定の資産の価額の合計額の占める割合が50%以上である法人をいいます。
(注)2 「一定の株式の譲渡」とは、次のイ又はロに掲げる株式又は出資の譲渡をいいます。
イ その譲渡の日の属する年の前年の12月31日において、その株式又は出資(上場株式等に限ります。)に係る不動産関連法人の特殊関係株主等がその不動産関連法人の発行済株式又は出資の総数又は総額の5%を超える数又は金額の株式又は出資を有し、かつ、その株式又は出資の譲渡をした者がその特殊関係株主等である場合のその譲渡
ロ その譲渡の日の属する年の前年の12月31日において、その株式又は出資(上場株式等を除きます。)に係る不動産関連法人の特殊関係株主等がその不動産関連法人の発行済株式等の総数又は総額の100分の2を超える数又は金額の株式又は出資を有し、かつ、その株式又は出資の譲渡をした者がその特殊関係株主等である場合のその譲渡
(5) 日本に滞在する間に行う内国法人の株式等の譲渡による所得
(6) 日本国内にあるゴルフ場の株式形態のゴルフ会員権の譲渡による所得

ただし、非居住者の国内源泉所得に日本の所得税を課税するというのは、あくまで国内法(所得税法等)の規定です。非居住者の居住地国が日本と租税条約(国際間の二重課税排除軽減・租税回避行為等の防止目的)を締結している場合、憲法第98条の定めにより、租税条約の規定は国内法である所得税法等の規定に優先します。

憲法

第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

シンガポールの居住者となる場合

では日本から出国し、シンガポールの居住者となる場合について、シンガポールとの租税条約の内容を確認してみましょう。

譲渡所得については第13条(株式等の譲渡所得については主に第4項)で規定されています。

日星租税条約 第十三条

1 一方の締約国の居住者が第六条に規定する不動産で他方の締約国内に
存在するものの譲渡によって取得する収益に対しては、当該他方の締約
国において租税を課することができる。
2 一方の締約国の企業が他方の締約国内に有する恒久的施設の事業用資
産の一部を成す財産(不動産を除く。)の譲渡又は一方の締約国の居住者
が独立の人的役務を提供するため他方の締約国内においてその用に供し
ている固定的施設に係る財産(不動産を除く。)の譲渡から生ずる収益(単
独に若しくは企業全体として行われる当該恒久的施設の譲渡又は当該固
定的施設の譲渡から生ずる収益を含む。)に対しては、当該他方の締約国
において租税を課することができる。ただし、この2の規定は、前条5の
規定が適用される財産の譲渡から生ずる収益については、適用しない。
3 一方の締約国の居住者が国際運輸に運用する船舶又は航空機及びこれ
らの船舶又は航空機の運用に係る財産(不動産を除く。)の譲渡によって
取得する収益に対しては、当該一方の締約国においてのみ租税を課する
ことができる。
2の規定が適用される場合を除くほか、
(a) 一方の締約国内に存在する不動産を主要な財産とする法人の株式
(公認の株式取引所において通常取引されるものを除く。)又は一方
の締約国内に存在する不動産を主要な財産とする組合、信託若しくは
遺産の持分の譲渡から生ずる収益に対しては、当該一方の締約国にお
いて租税を課することができる。

(b) 一方の締約国の居住者が他方の締約国の居住者である法人の株式
の譲渡によって取得する収益に対しては、次のことを条件として、当
該他方の締約国において租税を課することができる。

(i) 当該譲渡者が保有し又は所有する株式(当該譲渡者の特殊関係
者が保有し又は所有する株式で当該譲渡者が保有し又は所有する
ものと合算されるものを含む。)の数が、当該課税年度中又は当該
賦課年度に係る基準期間中のいかなる時点においても当該法人の
株式の総数の少なくとも二十五パーセントであること。
(ii) 当該譲渡者及びその特殊関係者が当該課税年度中又は当該賦課
年度に係る基準期間中に譲渡した株式の総数が、当該法人の株式
の総数の少なくとも五パーセントであること。
1から4までに規定する財産以外の財産の譲渡から生ずる収益に対し
ては、譲渡者が居住者である締約国においてのみ租税を課することがで
きる。

第4項~第5項の規定より、 第4項(a)(b) に該当する株式以外の株式譲渡益については居住地国課税、つまり日本の課税権はなしということになります。

国外転出時課税の制度

多額の含み益を有する株式を保有している人は、外国に移住してしまえば、譲渡時にその譲渡益に対して日本の所得税がかからないということになります。

しかもシンガポールのように原則キャピタルゲインが非課税の国に移住した場合、日本でもシンガポールでも譲渡税を支払う必要がありません。

このような課税漏れを是正するため、時価ベースで1億円以上の有価証券等を保有している人が平成27年7月1日以後に出国する場合、その出国時に有価証券等を譲渡したものとみなして、含み益に課税を行う国外転出時課税が平成27年度税制改正で創設されました。

ちなみに、海外に住んでいる親族に贈与・相続により有価証券を移転する場合も、含み益に対する譲渡所得税の課税漏れが発生し得るため、「贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例」として国外転出時課税と同様の規定があります。

たとえ2年程度の海外転勤であってもこの税制の対象となってしまいますが、含み益に対するみなし譲渡課税のため、納税資金がありません。

この場合、出国前に税務署へ税理士等の納税管理人の届出をすることで、確定申告時に国外転出の日から5年間納税を猶予することができる制度(延長の届出により最長10年間)を選択することができます。納税猶予期間内の帰国であれば、帰国時まで引き続き保有している有価証券等に係る課税を取消すことができます。

リーフレット「国外転出される方へ 国外転出をする時に、1億円以上の有価証券等を所有等している場合は、所得税の確定申告等の手続が必要となります。」(平成29年2月)(PDF/272KB)

同制度の詳細はFAQでご確認ください。

この記事を書いた人

押渡部 優子